泉北ニュータウン学会


設立記念フォーラム1 設立記念フォーラム2

 1997年3月に東京・多摩ニュータウンでは「多摩ニュータウン学会」がつくられました。
当初のベッドタウンという機能が、しだいに変化し、高齢化の進行など、様々な問題が
生起したことから、市民や行政、研究機関が、ニュータウンについて研究し、
持続可能な地域社会作りを目指して「多摩ニュータウン学」を構築していこうという試みです。

 堺市と和泉市にまたがる泉北ニュータウンも、抱えている問題は同じ。
地域にある資源を活用して、市民参加による地域社会作りを目指そうと、
2006年春に設立されたのが「泉北ニュータウン学会」。

 会長は、泉北ニュータウン在住の小田章・和歌山大学学長(写真=右)が務め、
泉北ニュータウンや南大阪に立地する大学なども参加し、研究者が専門的な立場から
地域の活動と連携していく考え。

 2006年5月14日には設立記念フォーラムが開催され、第1部講演会(写真=左)、
第2部分科会(防犯部会、福祉部会、教育部会、コミュニティ部会)、
第3部交流会合わせて、延べ900人の参加者を集めた。

 各分科会も、本格的な活動はこれからという段階であり、すぐにも一定の成果を挙げる
というわけではないが、第一歩を踏み出したことは、評価すべきでしょう。

 ニュータウン学会の先輩の立場から講演した細野助博・多摩ニュータウン学会会長
(中央大学教授)に話をうかがうと、「今回、泉北ニュータウンに来てみて、
環境も素晴らしいし、なかなか頑張っているようだ。多摩や泉北は、
千里ニュータウン開発を踏まえたものであったため、
正直なところ後発者メリットもある。うまくやっていけるのではないか」
とのことだった。

 これから、どういった方向性を打ち出していくのか、まずは期待しておきましょう。

泉北ニュータウン学会の事務局は、NPO法人・すまいるセンター内に置かれており、
ホームページのURLは、http://www.senbokunt.jp


浜寺公園


浜寺公園駅舎1 浜寺公園駅舎2

浜寺公園へのアクセスは、阪堺電車の浜寺駅前駅が最も近いが、
駅前駅の名前の由来となっているのが、この南海本線・浜寺公園駅(写真=上)。

浜寺公園駅は、日本銀行本店や中央停車場(現・東京駅)などを手がけた
辰野金吾の設計で、明治40年(1907年)の作品。
木造平屋建ての駅舎は、1998年に国の登録有形文化財となった。
帝国大学工科大学の学長を辞した辰野は、明治38年(1905年)、
大阪に辰野片岡事務所を開設し、関西でも奈良ホテルほか、
多くの作品を手がけている。

当時の浜寺は、松林の海水浴場を控えた大阪府下では屈指の別荘地であり、高級住宅地でもあった。
子供の頃、祖父や祖母から、かつての浜寺の賑わいを聞かされたものの、想像もつかなかったという
のが本音だが、改めてこのハイカラな駅舎や今も残る邸宅などを見ると、芦屋や帝塚山と並ぶ、
住宅地であったということは、十分に納得できる。

浜寺水路1 浜寺水路2

ボートの練習1 ボートの練習2

大阪府営浜寺公園は、明治6年(1873年)に、大阪府下では初の公園に指定された。
白砂青松の地として名高かったが、松を伐採し、住宅地を開発するという計画が持ち上がった。
それに反対し、松を守ったのがなぜか薩摩の大久保利通。
おかげで、松は残され、現在も約5500本の松が茂っており(写真=上)、
「日本の名松100選」にも選ばれている。
しかし、その後の埋め立ての結果、白砂青松の地も、
浜寺水路という運河に面する形になっており、往時の姿は偲べない。

もっとも、浜寺運河には大阪府立の漕艇場が設置されており、
運河で練習するボートを見かけることができる。
都市型の公園としてはスケールも大きく、
休日には松林の中でバーベキューを楽しむ家族やグループも多い。


ばら庭園1 ばら庭園2

ばら庭園3

浜寺公園の見所の1つが、「ばら庭園」。250種6500株のバラが植えられており、
毎年、5月から6月にかけては、多くの鑑賞者が訪れる。
また、この季節はスイレンやカキツバタも花を咲かせ、色とりどりの花々を楽しむことができる。



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