堺のブランディング戦略@



[イメージのギャップは逆効果]


 この10年ばかりの間に、日本の企業においても「ブランド」に対する関心が高まりました。私が企業などの取材をする場合でも、
「ブランド戦略」に話題を向けると、熱心に語りはじめる経営トップはことのほか多い。たとえ、普段は口数が少なく、記者泣かせの
経営者であっても、いや逆にそういう人ほど、その傾向が強いから不思議です。

 その理由は、簡単です。企業が提供する商品やサービスは、しだいに差別化が難しくなっています。消費者の側からすれば、
必要な商品やサービスはすでに確保しており、市場は成熟してきています。そこに向けて、差別化しにくい商品やサービスの
供給が多過ぎると、価格競争となり、価格は下落してしまいます。それを避けるためには、商品やサービスに付加価値をつけねば
なりません。付加価値をつけるための1つの方法が技術力なのですが、これが難しくなっている。そうなると、技術力と同様に
無形資産である「ブランド」がものを言うことになります。このため、企業は目に見えない「ブランド」を強化し、確立させるために
努力しているのです。

 ブランド戦略が民間で一般化されてきたことで、しだいに地方自治体などの公的セクターでもブランド戦略の必要性を感じるように
なっています。税収が減る一方で、地方交付税改革が本格化してきました。住民を増やし、企業を増やし、観光客を増やすことで、
乗り切らねばなりません。自治体間の競争が生まれてきているのです。今までは、日本全国どこに住んでも、どこに会社を置いても、
それほど大きな差はなかったかもしれません。しかし、今や競争の中で、差別化を進めるための独自施策が打ち出されるようになって
います。特に、日本の総人口は減少し始めているのですから、まさに「ゼロサム・ゲーム」に勝たねばならないという危機感が出てきています。

 もっとも、地方自治体がブランドを確立することは、簡単ではありません。今春発行された青山学院大学大学院国際マネジメント
研究科編集による「青山マネジメントレビュー」の9号は、「ブランド・マネジメント」特集でした。中田宏・横浜市長は、
「横浜新時代 都市経営に込めた『ブランド戦略』」の中で、港のある風景や国際性、異文化の受容性などを「横浜らしさ」の一般的
イメージとして指摘する一方で、「グローバル化への取り組みの中で、こうした"横浜らしさ"のある部分が失われ、実態とイメージの
ギャップが存在しているのも事実」とし、「良いイメージが先行し過ぎる場合は、イメージギャップを早く埋めないと、実態面の価値を
下げてハンディになりかねないリスクをはらんでいる」としています。そして「ブランド価値を高めるには、都市の質を高め、人々が
住んでよかった、来てよかったと思える横浜をつくることこそが必要」との考えを示しています。日本有数のブランド都市である横浜さえ、
試行錯誤しているということです。


[ハードが前面に出る、堺のルネサンス計画]


 堺市の場合、2006年度からの「自由都市・堺 ルネサンス計画」の中で、「歴史と文化を活かした都市魅力の創出」という項目を
立てています。これは、横浜で言うところの、「港のある風景」や「国際性」といったイメージの部分を担う項目です。もちろん、
4年間の総事業費217億円を見込んでいる計画ですので、これ以外にも都市としての質を高め、経済を含めた活性化を目指す施策が
盛り込まれているはずですが、行政サイドが言うほどには、「自由都市・堺」のルネサンスに向けたグランド・デザインというものは
見えてきません。

「歴史と文化を活かした都市魅力の創出」を通じて目指す目標指標は、観光・買物・飲食・業務等での来訪者数を2002年の
年間3412万人から、2009年度に3800万人に高めることです。日本政府が進めている2010年までに訪日外国人旅行者数を
倍増の1000万人にするという「ビジット・ジャパン・キャンペーン」とは内容的にも違いますが、400万人、約11%の来訪者増
というのは大変な数字です。

 「歴史と文化を活かした都市魅力の創出」は、「堺の個性・魅力の創出」と「観光魅力と都市ブランドの形成」の2本の柱からなります。
「堺の個性・魅力の創出」は、@歴史文化都市づくりの推進A芸術・文化による都市魅力づくりBスポーツタウン構想の推進
C歴史・文化を活かした世界との交流が、主要テーマ。このうち、仁徳天皇陵および百舌鳥古墳群の世界文化遺産登録に向けた整備
とサッカーのナショナル・トレーニングセンター整備、NOMOベースボールクラブや堺ブレーザーズなどのような「堺型」総合スポーツクラブの
創設、つまり主要テーマの@とBについては、条件が必要ですが既存の資源の活用であり、妥当性はありそうです。ただし、
市民会館建て替えによる文化芸術ホールの整備や北野田駅前ホール・ギャラリー整備、国際交流機能の整備・国際機関の誘致という、
主要テーマのAとCについての妥性はいかがでしょうか? これは、次の項目と合わせて考えるべきと思います。

 もう1つの「観光魅力と都市ブランドの形成」は、「観光まちづくりの推進」と「堺都市ブランド戦略の推進」が主要テーマです。
このうち肝心の「堺都市ブランド戦略」については、具体的な展開手法には触れていません。また、観光まちづくりの推進の方では、
民間資本や活力を導入するという考えを示したことは評価できますが、旧堺病院跡地や大仙公園、文化財クラスの町屋などの活用、
つまり、ハード整備が中心となっており、「堺の個性・魅力の創出」のAとCと同じ流れの中にあると言えます。

 ハード整備の効果を、全面的に否定はしません。老朽化した市民会館のの建て替えや旧堺病院跡地の活用は、重要です。しかし、
その他のハード整備には検討が必要でしょう。文化財クラスの町屋の維持には、公的支援が不可欠ですが、観光資源とするのは、
いずれもがスタンド・アローンの状態にあり、面あるいは線としてつながっていません。それを自治都市・堺の観光拠点と言ってしまえば、
中田・横浜市長が指摘している「実態とイメージのギャップ」を来訪者に認識させてしまうことになり、マイナスイメージだけが、
口コミによって広がる可能性があります。仁徳天皇陵なども周囲の無計画な開発が大きくイメージを損ねているかもしれませんが、
実態としてあります。「堺型」総合スポーツクラブも、NOMOベースボールクラブなどの実態があります。ここが大きな違いだと思うのです。
その他の地区整備、たとえば北野田駅前のハード整備についても、そこに「全国的な美術展の開催可能なギャラリー」を設置する
必然性はなく、やはりスタンド・アローンになってしまう可能性が高い。仮にそうしたギャラリーが必要なら、大仙公園整備や
旧堺病院跡地開発と一体的に考え、堺への来訪者を多層的に集積する計画を考えるべきではないでしょうか? ハード整備だけでは、
地域の魅力や活力が生まれないことは、全国に無数の事例があるのです。なぜ、そうした現実に目を向けないのでしょう。

 先に触れた青山マネジメントレビューの「ブランド・マネジメント」特集号で、松浦祥子教授は「高品質、高機能は、強いブランドの
必要条件だが、十分条件ではない。今日のブランド・マネジメントを成功させるためには、品質と機能に情緒性をプラスした独自の
価値提案によって顧客を共鳴させることが必要である」と述べています。つまり、ハード整備で高品質・高機能を提供するだけでは、
「堺ブランド」の確立にはつながらない。そのハードを活用して、何を提案・訴求できるかというソフトが重要ということです。



[ソフトからアプローチするブランディング戦略にも目を]

 ソフトからの地域ブランドづくりと言えば、古くは1982年からスタートした富山県利賀村の世界演劇祭「利賀フェスティバル」があります。
現在は自治体合併で南砺市となっていますが、「利賀=演劇」というブランドは出来上がっています。最近の例で言えば、北海道旭川市の
旭山動物園も、知恵を使った行動展示により年間入園者数は10倍の200万人となり、アジア諸国からの観光客をも集めています。
旭川市はともかく、「旭山動物園」というブランドが、地元経済にも大きな効果をもたらしているのです。

 ついこの間のゴールデンウィークのことを考えてみましょう。ゴールデンウィークの人出ナンバー1として毎年報道される
「博多どんたく港まつり」は、1962年に始まったものが定着し、今ではブランドとして認知されています。東京・丸の内の音楽祭
「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」も、今年2年目でしたが、すでに定番になりつつあります。

 一方、堺に近いところでは、大阪府の八尾市が、河内音頭をはじめとする「大衆芸能」という切り口で、独自性を発揮するようになって
きています。このほかにも、公的な美術館や博物館の運営をNPOや大学などが改革し、テーマの一貫性や独自性のある展示を行い、
新たなブランドづくりにつなげている事例もあります。

 繰り返しになりますが、ハード整備は否定しません。しかし、それが堺のブランディング戦略の十分条件ではないのです。
既存の資源と新たなハードをどう活用し、エモーションを継続的に発信していくかが、堺のブランディング戦略の視点として必要なのです。

 観光やまちづくり以外のブランディング戦略については、稿を改めて考えてみたいと思います。





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