ブランディング外伝 産業立地政策


[埼玉県、きめ細かさで実績]


 埼玉県への工場進出が好調らしい。ホンダ(本田技研工業)が寄居町に完成車工場(立ち上げ時の要員数2200人)、小川町に
エンジン工場(同500人)の新設を進めている。全てが新規ではないが、新たな雇用が生まれるのは確かであり、関連産業など
への波及効果が出ることも期待できる。また、ホンダ以外にも、大規模な用地取得をともなう進出が相次いでいるという。

 国内販売は不振ながら、自動車産業が日本の景気を牽引しているのは事実。トヨタ自動車に依存する面はあるが、
中部経済は関西経済から見れば羨ましい限り。東京ー大阪を新幹線で移動すると、どちらからの乗客も名古屋でどっと下車する
という光景を、私自身ここ何年も目にしてきた。自治体の財政の健全性を示す指標も、そうした動きを明瞭に反映していて、
経常収支比率や実質公債比率などでは、愛知県下の自治体が上位に並んでいる。企業が立地すれば、その事業所からの
税収のみならず、従業員つまり住民が増え、そこからも税収が上がる。財政が潤えば、公共サービスの質を高めることも可能だ。
もちろん、単純にリンクするわけではないが、そうした好循環が起きる蓋然性は高い。ホンダが進出する寄居町にしても、
小川町にしても、そういう胸算用はあるだろう。

 本来、自動車産業は、原材料や完成品の輸送の利便性が重視されるため、臨海部に進出することが多い。トヨタにしても、
衣浦港(愛知県碧南市)を中心に工場を展開している。埼玉県北部の内陸部である寄居町や小川町は、このセオリーから
はずれるが、圏央道(首都圏中央連絡自動車道)の開通により、交通の利便性は大幅に向上するとの指摘もある。実際、
ホンダの福井威夫社長も、これを認めている。さらに、工場用地が安価であることも一因。エレクトロニクス産業などは、
スピード勝負が求められるので、インフラ整備の完了している臨海部の重厚長大産業の工場跡地などに再進出する事例も
あるが、やはりコスト低減という魅力は依然大きいようだ。

 しかし、それ以上に注目すべきなのは、埼玉県の姿勢。2005年1月に企業誘致推進室を新設し、担当者を増員した。
きめ細かに企業と接点を持ち、信頼関係を築いているという。首都圏から九州に本社を移転した企業経営者の取材をしたこと
があるが、意外にも「市の担当者が熱心で、その人間関係が一番の動機」と指摘していた。埼玉県の場合も、これに当てはまる
ようで、大型の補助金を用意しなくても、順調に誘致が進んでいるという。もちろん、巨大マーケットの首都圏にあることも、
厳然たる事実だが・・・。



[大阪府、老舗企業流出]


 さて、大阪はどうか?

 2006年10月、医薬品最大手の武田薬品工業が新研究所を神奈川県藤沢市に建設することを決めた。この大型誘致に
敗れたのが、大阪だ。茨木市と箕面市にまたがる丘陵地帯で開発中の「彩都(国際文化公園都市)」への誘致を目指したが、
大阪・道修町に出自を持つ有力企業は「国際競争力確保」を理由に神奈川県を選んだ。文化ゾーンや国際交流などの機能も
備えた新たな都市として計画された彩都は、今年2007年3月19日に大阪モノレールが延伸されて「彩都西」駅が開業、
彩都西地区がグランドオープンする予定となっている。その矢先の悲報だ。単に一企業の誘致失敗にとどまらず、
「心理的影響は、関西全体に及ぶ」(彩都関係者)と見る向きも強い。

 大阪府は、200億円もの補助を示し、太田房江知事みずから武田薬品にトップセールスをかけた。補助の総額で言えば、
神奈川県を大きく上回る。また、彩都周辺には、大阪大学医学部とその付属病院、薬学部、工学部があり、他にも国立
循環器病センターや大阪バイオサイエンス研究所などもある。さらに、彩都ライフサイエンスパークにも、医薬基盤研究所が
進出、彩都バイオインキュベータや彩都バイオヒルズセンターにはバイオベンチャーが集積しつつあり、新たに進出立地を
決定した企業などもある。条件や環境において、それほど見劣りするとは思えない。しかし、それでも神奈川県に負けた。
産業立地の重要なプレーヤーである行政サイドが、判断を誤ってしまった。大阪の「ブランド力」を過大評価してしまった
のではないか?

 彩都の開発は、西部地区から着手されており、集積が進むのも西部地区。大阪モノレールの延伸も確定しているため、
企業等にとっても進出計画は立てやすい。これに対して、中部地区と東部地区は未整備のまま。大阪府などは、武田薬品の
新研究所構想を知って慌てて、誘致候補地である中部地区の整備プランを動かし始めた。はじめから「後手」に回っていた。

 「武田薬品の新研究所誘致自体は、結構なことだし、彩都全体にとってもプラス。まだ、西部地区を整備している最中だが、
即応するため、中部地区整備に発破をかけた。作業上はかなり無理をしただけに、『何やねん!』という失望もある。精神的にも、
きつい」と、彩都関係者は漏らす。努力のあとは見られるが、一旦「後手」に回れば、二度と「先手」はとれないということ。
トップセールスと異例の大型補助を用意しても、産業立地が容易に進むものではないことを、思い知らされた格好だ。

 日本海側のある県では、2006年度から企業立地補助金を最大50億円に増額した。取材した際に、その理由を尋ねると
「お隣さん(隣県)が、35億円にしたので負けていられないから」と、あっけらかんとした答えが返ってきた。もちろん、まだ誘致には
結びついていない。
これも、大阪府の事例と同じ。実績を残している埼玉県とは、「きめ細かさ」という点で大きく異なる。



[堺市、他人事ではない]
 

 武田薬品の長谷川閑史社長は、「20−30年後の研究体制を視野に入れ決めた」と、藤沢市選定の理由を説明した。
世界中から研究者が集まる24時間稼動の都市型研究所を目指すためには、彩都つまり大阪では役不足ということ。また、
目先の集積に一喜一憂する日本の地方行政の姿勢を痛烈に批判した言葉ともとれる。力量不足を認めつつも「何が足りなかったのか、
解らない」(太田府知事)と困惑する行政とのギャップは、簡単には埋まりそうもない。

 堺市も他人事ではない。臨海部において、新たな企業進出などが出てきているのは事実。その一方で、臨海部の交通利便向上を
目的に計画している阪神高速大和川線の建設が、計画地内で工場を展開してきた企業の「堺離れ」を引き起こしている。
移転を迫られる企業が、堺から出て行くという、産業立地の観点からは何とも皮肉な構図だ。幸い、大阪府ほど「やっつけ」ではなく、
堺市では10年以上かけて対象企業との接点をもってきているらしい。しかし、移転先として、同じ堺市内を選んでくれるかというと、
話は別だ。安い土地・安い人材を求めることは、当然考えられる。堺市では、税制面の優遇措置を予定しているが、どこまでの
効果があるのかは不透明と言わざるをえない。

 実は、大阪府でも、武田薬品の研究所誘致失敗を踏まえ、産業立地政策の見直しを予定している。誘致補助に関しては、
対象となる投資額を現行の300億円以上から、100億円以上に緩和。さらに、大阪府内に拠点があったりする企業の場合には、
補助の割り増しを実施する方針。小規模企業に対しても、同様の仕組みを盛り込んだ制度を新設するという。

 正直な感想を述べれば、補助を増額するという従来路線の延長にしか見えない。武田薬品の誘致失敗に際して、関西の
経済団体からは「器を作っても企業が集まらないことを示した」との声が聞かれた。そうした声が反映されているとも思えない。
「大阪ブランド」という、今となっては根拠の希薄な矜持は捨てて、魅力ある地域にするほかない。参考にすべきは、
埼玉県の「きめ細かさ」、つまりソフトなのではないか? 大阪のみならず、関西は、そうしたソフトの分野が苦手な
土地柄ではないと思うのだが・・・。




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